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父との対決(心理学的視点)

今回は心理学的な視点での父との対決について取り上げます。ここでいう「父との対決」とは、実際の父親との葛藤にとどまりません。むしろ、心の中に刻み込まれた父的イメージ(心理学的には内在化された父性原理といいます)に対する葛藤の全般を指します。このことが、成人し大人になったのちも生きていく上において、さまざまな場面で生きづらさとなるからです。主には、家族関係や仕事の人間関係で問題を引き起こします。このことを少し整理してみたいと思います。

心理学的な意味での父との対決とは

そもそも、親機能には「母性機能」と「父性機能」があります。
今回取り上げる父性機能は、優しさや細やかな気遣いに象徴される母性機能とは違い、力強さ、勇気、意思や決断力、責任を引き受ける態度、くよくよと後悔しない潔さなどに象徴される、権威や規範、道徳といった厳しいもので、心理学的には超自我(衝動的な欲求を、道徳や良心によって抑え、道徳的な方向へと向けさせるもの)に象徴されるものです。そして、この父的なイメージに、長らく苦しみながら生きていらっしゃる方々が、かなりの割合でいらっしゃいます。
しかも多くの場合、生きづらさの原因は、自分の中にある父的なイメージであることに気づくことは容易ではありません。その理由として、社会の中で当たり前とされた文化や価値観に根づいていることがあげられます。(疑うことなく「そんなの当然だ」という前提で生きているということです)

ところが、生きづらさがピークになると、その存在と向き合う必要が出てきます。具体的にいえば、親しい人間関係(夫婦、恋人、親子、親友など)や仕事の人間関係、学校や会社の方針などにおいて、強い葛藤を感じることが頻繁に起こることかもしれません。
そんな時は、これまでのやり方を疑ってみることも必要です。当たり前に疑うことのなかった、道徳的で良心的な判断をやめて、本当の自分の心の声と真正面から向き合ってみるのです。この過程こそ心理学的な「父との対決」と呼びます。このことが意味するのは、本当の意味で自立することであり、個性化(ユングのいう、無意識の要素をまとめ上げ、統合し、自分の本来持つ可能性を最大限に引き出して、真の自己を実現させていくこと)への欠かせないプロセスなのです。
ここで、有名な心理学者2名の「父という存在」について簡単に解説します。

フロイト:「父」との対決

フロイトの理論では、幼い子どもの時期に、次のような発達課題を経験するとされています。
父親をライバル視する(エディプス期)
超自我(道徳的規範)の形成
これらの対決を経験することによって、本当の意味での社会性や道徳感が発達すると考えました。
ところが、何らかの要因で(強くて長引く強烈な支配、立ちはだかる存在が不在など)、この過程での父との葛藤が未解決になる場合、権威に対して過度に服従しようとしたり、強くこだわり、反発し続けようとする言動が、年齢を重ねても現れ続けてしまうと考えました。

ユング:「父」との対決

ユングは、「父」とは単なる人物を指すのではなく「象徴的な存在」と捉えるべきだとしました。つまり、国家などの権威の象徴や、文化、伝統、宗教なども含みます。個性化の過程では、どうしてもこのような「父的価値観」に対して葛藤が起こるものだと考えたのです。つまり、ユングのいう内在化された父との対決とは、これまで知らず知らずに植え付けられてきた価値観を見直し、自分自身の価値観を築き上げていくことが必要な時だという意味を指します。具体的に言えば「親や社会の期待に沿う人生を歩むことはやめて、自分の本当の心の声に従う生き方をする」ことであったり、「強くあらねばという思い込みを捨て、自分の中にある弱さを認めて受け入れ、統合させていく」ことかもしれません。

「父」との対決が必要な理由

生きづらさの根源には、必ずその要因が隠れています。奥深くにある根源を辿っていくと、自分の中で築き上げた価値観ではなく、外から与えられた「正しさ」や「強さ」といった価値観に縛られていることに気づくようになります。そして、まずはそこからしっかり脱却しなければなりません。そうすることによって、真に自分らしい人生を生きることになるからです。その過程無くしては、成熟したアイデンティティを形成することはできないのです。
生きづらさと向き合うということは、真の自分と向き合うことですが、多くの場合、それはとても苦痛を伴うため、避けて通ろうとします。ところが、生きていく上においてさまざまな問題に直面しますが、その時こそ、いよいよ避けては通れない時が来たと捉える方がいいのです。つまり、人間関係の問題であれ、自分がこれからどう生きるべきかという問題であれ、本当の意味での解決を臨むのであれば、目を背けず自己と向き合うチャンスにするのです。その過程は、自己を大きく成熟させるまたとない好機となるのです。

現代における「父」との対決

そういう意味では、現代は誰もが成熟のチャンスを手にしているともいえます。また、目を背けて生きていこうとする人と、自分の内面と向き合うことに挑んでいこうとする人との間に、大きな隔たりを生む時代なのかもしれません。
「結果を出せ」「泣き言を言うな」「みっともない」「男らしくあれ」といった成果主義、権威主義的な価値観が強まれば、それに対して違和感を感じる人も同時に増えるからです。
また現代は、理想の親像・理想の子ども像に縛られたり、人としてこうあるべきという姿を、自分にも他人にも強いることが起こりやすい時代かもしれません。自分や他人を一つの「型」に当てはめようとすればするほど、同時に、型から外れていく姿に過敏になります。少しでも外れる気配を感じては、驚愕し、怒りを感じると同時に、自罰的な感情に襲われるようにもなるでしょう。
これに対しては、心理療法や、心理学に基づいたカウンセリングが有効です。なぜなら自己内省を深めることができるからです。その中で、知らずに身につけてきた「父」のイメージ(父性原理)と、その影響力を再評価することにもなるでしょう。その過程を経て、新しい自分の価値観を再定義させていくのです。そうすることで、自然と成熟への階段をあがりはじめることになるのです。

対決における変化

対決においては、一つの流れがあると感じています。
それは、「否定」→「反抗」→「内省」→「統合」です。
自己内省を避け、疑うことなく「自分は正しい」と突っ張っている間は、この変化は起こりません。例えば、家族の誰かに対して、このことに気づいてもらいたいと思っても、本人がその必要性を感じないと拒否すれば、それはまだ難しいということです。
ところが、何かのきっかけで自己との向き合いが始まると、多くの場合、最初は親への否定が始まります。場合によっては、反抗に似た感情が湧き起こります。大切なのは、その次です。何に自分はこだわっているのか、何を怖がっているのか、内省を深めていく中で、未熟な「反発」から、成熟した「選択」へと変化するようになるのです。
やがて、自分の中の「父性」と「母性」がバランスよく調和を始め、仮に極端な偏りが起こっても、早くそのことに気づき、修正することができるようになるのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

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